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プロフィール

kyrmami

Author:kyrmami
kyrmamiこと、ながいまみです。
2009年念願のアイスランド生活をスタート!
国立大学でのアイスランド語学習3年経て、遂に就職。
ようやく永住権取得で、これからもアイスランドに貢献できるよう、日々精進してまいります。

直接のご連絡は上の"切手"からメールでお願いします。

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   観光客≠environment destroyer

2015.07.31 23:28|旅行情報, trip
今日のエントリーはちょっと腹立たしい&汚らしい話です。
お食事中の方は語注意くださいませ(汗)

ここ最近、アイスランドの新聞・インターネットのニュースでは
"ferðamenn" (観光客)
の文字が目に付きます。

しかもそれが、全然良い意味ではなく。

『観光客』の行為が目に余る、というものばかりです。

例えばどんなことか。
まずはニュースの見出しをどうぞ。

観光客がわけのわからないところでキャンプをしている…。
観光客がGullfoss(のトイレじゃないところで)でおしっことウンチをする…。
観光客が民家の庭でウンチをした…。
観光客が北部の町の道沿いでウンチをして放置していく…。
観光客が道路脇で用を足す時に拭いた紙を燃やして、周辺一体まで火事にした…。
観光客がÞingvellir国立公園でテントを心地よくする為に大規模な範囲の植物をむしりとった…。
観光客がオフ・ロードで車を乗り回し、一帯を傷付けた…。

まず、どれをとっても
『ちょっとあなたたち、頭のネジどこか外れてるんじゃないですか?』
と言いたくなるものばかり。
特に用を足す類のものは、ピックアップしたもの以上にニュースになっていたりします。

アイスランドの観光地にトイレが無いのは昔からの"常識"。
観光地から観光地までの距離がかなりあって、その間になかなか用が足せるところが無いのも以前から変わりません。
だから、ガイドや添乗員さんは、ホテルや休憩所でちゃんと用を足しておくように、注意しなければいけないのです。
ガイドをつけずに行って、知らなかった人は自分の責任です。

人間そりゃあ、突然お腹が痛くなることもあるでしょうし、食べたら出るんだから、用を足すなとは言いません、そんな無茶なって言う話です。
でも、
放置すんな。
まして、燃やすな。

このバカたれが、です。

Gullfossで"野外トイレ"の酷さが際立つようで、ついには新しく立て看板が設置されたそうです。

そんな何百人も毎日毎日突然Gullfossでお腹痛くなるわけ無いだろう!
もしそうだとしたらなんか別のおかしいこと起きてるだろ、っていう話です。

私が知る限り、Gullfossにはお土産屋さんとカフェがあり、トイレもあります。
大きな施設ではないので『さあ皆さんご自由にどうぞ!ここでトイレ済ませちゃってください!』みたいなところではありませんが、何百クローナかのお菓子一つでも買えばお店は快くお手洗いを貸してくれます。
大人なんだから、多少トイレが込んでいても待てるでしょうに。

しかも車で15分もかからない距離にGeysirの巨大観光施設があって、かなり広くて大きいトイレがあります。
15分もかからないんですよ。
何でなんだと、歯がゆいというか腹が立ちます。

民家の庭でトイレをしていった観光客のグループがいたというニュースには、嘘か本当か、バスの運転手とガイドがそこでするように言った、と書いてあるのですが、
ガイドをしているはしくれとして、私は声を大にして言いたいです。

人の家の庭で用を足して(放置して)良いなんて言う人間に、ガイドをする資格なんて無い!
っていうかそんな奴ガイドじゃない!


そもそも人間としていろんなものを疑いますが、ガイドって言うのはお客さんの楽しい思い出作りを手伝うのと同時に、この国の環境を知って、環境を守ろうとする人間でないといけないはずです。

アイスランドの自然を愛さない、大切にしない、アイスランド人をリスペクト(尊敬というより尊重に近い意味です。)しない人間が、どうやってアイスランドの魅力をお客さんに伝えて、いい思い出を作るお手伝いが出来るって言うんですか。
もしあの記事が本当なら、そのバスの運転手もガイドも、心を入れ替えるか、その仕事をやめるべきだと思います。
本当に、やる資格無いです。
私なんて本当にひよっこで、まだまだ試行錯誤しながら必死でやってますけど、トイレのことは絶対にお伝えするし、もし緊急でトイレに行きたくなったと言われても、グループに人の家の庭でどうぞなんて何があっても言いません。別の方法を考えます。

ちょっと熱くなりましたが、本当に癇に障るニュースばかりです。

訳の分からないところでキャンプをする旅行客が多いというのも、本当に意味が分かりません。
ピックアップした記事に載っている写真は学校の駐車場ですが、集合住宅の庭や、会社の駐車場で複数名がキャンプをしていたという写真やニュースもインターネットで見かけました。
学校も会社も共同スペースの庭も、見知らぬ旅行者の皆様のためのオープンスペースではないんですがねえ…?
言わないとわからないんでしょうか?

Þingvellirで植物をむしりとった奴は、もう本当に観光客とか旅行客と呼ぶべきではありません。
単なる、れっきとした犯罪者です。

アイスランドは、植物が自生できる土地というのは極めて少なく、緑化するのは大変難しいところばかりです。
現時点で何らかの植物が生えている土地というのは、国土の1.5%くらいしかありません。
だからこそ、その植物や貴重な土地を守る為に、アイスランドでは
法律で植物の損傷や道路でないところを運転する行為は固く禁じられています。

なので、最後の2つを行った人間は、本当に犯罪者なのです。
元通りになるのに何百年何千年とかかるかもしれないし、もう永遠に戻らないかもしれないのです。
溶岩台地にコケが生えるのに、最低1000年はかかるということを、この人間たちは知っていてやったのでしょうか。
知っていてやったのなら人間として最低だし、知らなくても最悪です。

観光に来たのなら、土地と人間に敬意を払え!
と言いたいです。
これは、アイスランドだけでなくてどの国でもそうだと思います。
旅の恥はかき捨てなんていいますが、こんなのは恥ではありません。
やっていいことと悪いことがあります。

そこを愛して守っている人がいて、自然は私たちが踏み込むのを拒否できないからそこにあるだけで、知っていても知らなくても、人工のものであれ自然のものであれ、外からやってきた人間が汚したり壊したりしていいはずが無いのです。

外国人観光客だけじゃない、アイスランドに住んでいるアイスランド人の観光客も同じです。
自分の家や自分の大事なものを同じように扱われて、怒らないはずがないのに。
どうして人のものなら良いんでしょうか。

あまりにも酷すぎるニュースが連日目に・耳に入ってきて、かなり怒りが溜まっております。
アイスランド人も相当怒っていると思いますが、アイスランドを愛して住んでいる外国人も相当怒っています。

これを読んでくださっている皆様は
私の凝り固まった考え方でも『仕方ないな』と受け入れてこのブログを読んでくださっている方ばかりだと思いますので、皆様がこんなことをなさるとはこれっぽっちも思っていませんが
こういう"観光客/旅行者"という仮面をかぶった"環境破壊者"たちについて、皆様どう思われるでしょうか?

アイスランド人も、怒っているだけではなくて、早急に対策をとるべきです。
こんなことを許していたら、本当に1年も経たないうちにたくさんの場所が取り返しのつかない状況になってしまうと思います。

金持ちのアイスランド人は観光客に浮かれて馬鹿みたいにホテルばかり建設するし、
金が欲しいアイスランド人はその地域がアイスランド人の生活に必要ない工場や発電施設にされるのを知りながら外国資本の会社に土地を売り渡すし
なんだかもう、どいつもこいつもですよ!

庶民はこんなに色々憂いて嘆いて怒っているのに!
夜中に近いのに腹が立ちすぎて目が冴えてきました…
最近何故か毎日寝不足なのに、これじゃもっと寝不足に…。
だめです。
こんな激おこぷんぷん丸では楽しい週末が過ごせない。

…今年に入ってから激おこぷんぷん丸という言葉を知ったのですが(遅すぎる)、一度使ってみたかったのです。
すみません(汗)

しかしこの激おこぷんぷん丸って、怒っている時に思い出すと、心をちょっと和ませてくれるパワーがあるような気がします。
物凄く怒っていても、
「もう私、今激おこぷんぷん丸やから!」
って言うと、『おこ』ぐらいにすぐにレベルダウンする気がします。

『ゎ』という文字には怒りしか湧きませんでしたが、『激おこぷんぷん丸』にはよくやったで賞を差し上げたい気持ちです。
『おこ』『まじおこ』やその後の言葉にはこの『気持ちを和ませるパワー』は備わっていないと思うのです。

来学期の2年生の最後の空き2週間に、女子高生の言葉でもやってみようかな。
いや、それでなくてもスラングは学生たちの得意な分野だから私が教えるまでもなく知っているだろうし、むしろ学生の方が詳しいかもしれない…。
不必要で危ない橋は渡らないことにします。

さて、古い女子高生言葉のおかげで心に静けさが戻ってまいりましたので、歯を磨いて寝る準備をしたいと思います。

今夜からVerslunarmannahelgiが始まりました。
なぜか満身創痍気味の私はパーティどころか街中に行く元気も出なさそうですが…頑張らねば…ぐんさまのお母さんの実家の植物たちが水を待っている…

皆様、よい週末を!
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テーマ:アイスランド
ジャンル:海外情報

   ホームページ公開しました。

2015.07.31 21:09|未分類
クリスマス前最後の3連休になりました。
皆さんこんばんは!
物凄く疲れて変にハイテンションです!
牛です!!!

htmlの『え』も知らないくせに何故かホームページ作成という過大な野望を抱き、この2-3週間、最低限の仕事しかせずただひたすらパソコンの前にへばりつきネットで読みまくり試しまくり凹みまくり
それでも『作ります』なんて言っちゃったものなのでこれは何とかやらなければと

作りました。


いやなんていうか本当に
知らないくせに一から作ってやろうとかホント
私バカですね。
アホじゃなくてバカです、これは。

もう本当に何も知らないもんだから、出来ない進まないに加えて、
見た目が古臭い(汗)

何年落ちのホームページだよって自分でツッコミました。
ツッコんだけどもうどうしようもないので諦めました。

ということで古めかしい様相の出来立てほやほやのホームページ。
もしよかったら覗いてやってください。
でも、1日1ページくらいしか出来ないので、これからどれだけ更新したり追加できるか分かりません…

まあ元々ブログに書いても後々見づらいし、もうちょっとまとめて固定しておけば分かりやすい情報もあるんじゃないかと思い、
冷蔵庫のメモのような存在にしたかったので、更新・追加はそもそもそんなに頻繁にするつもりじゃなかったんですが…。

書こうと思ってまだ出来ていないページが既に3ページぐらい存在しているので、それくらいはせめて完成させようと思っているのですが、いやあ…学校始まっちゃう前に出来る気がしません…

内容も見た目も不足の多いページなので、もしかしたら皆様に気付かれないうちにひっそり閉鎖することも十分考えられますが(苦笑)ひとまず公開させていただきます。

ホームページのアドレスはこちら→Dreamlamd,アイスランド HP

これからもお付き合い、どうぞよろしくお願い致しますm(__)m

テーマ:アイスランド
ジャンル:海外情報

   一人暮らしは大変?

2015.07.26 14:29|日常生活, daily life
昨日夜からぐんさまがノルウェーに旅行に行ったので、5年振りの1週間以上の一人暮らし。
このチャンスを逃すまいと、バス乗り場で見送った直後から夜10時にもかかわらず掃除を開始。
(勿論近所迷惑なので掃除機は使っておりませんよー。)
整理整頓要らないと思しきものは捨てるという作業を地道に続け、夜1時には見違えるように綺麗になりました。
私なら確実に要らないと思うような袋や紙の切れ端でさえ『あれは要るんだ』と言われることが多く、確認しないままでは恐ろしくて殆ど捨てられませんが、整頓するだけで5くらい占領されていたスペースが3になりました。見た目も随分すっきりです。

アイスランド人は、と言うと人口の0.5%くらいの人に文句を言われそうな気がするので全員とは言いませんが、
アイスランド人の多くは整理整頓が上手ではありません。
掃除もあまり頻繁にしないようです。

日本と違って驚いたのは、アイスランドの埃は、とってもさらさらふわふわしていることです。
湿気の所為なのかも、と勝手に思っているのですが、アイスランドの塵や埃は、ベタつくことがありません。
網戸などが無いので虫も入ってくるし、風が強いので砂埃ホコリ土を始めとし、たまには火山灰など色々と窓から吹き込んできたりもしますが、それらもかなりの確率でさらさらです。
さらさらのおかげで拭き取りやすいのですが、そのせいで舞い上がりやすく、掃除機をかけると排気のせいで別のところで埃や塵が舞い上がるという現象が多々起きます。

炊飯器にせよ掃除機にせよかなり昭和臭を醸し出している技術の進歩が見えない機械のせいなのでは、という気がしなくも無いですが、まあ吸ってくれるだけでもありがたいのでこれ以上の文句は控えます。(笑)
しかしこの国に住んでいると、家に絨毯や敷物、それに似た素材の床が無いのであれば、箒とちりとり&雑巾が一番良い掃除道具である気がします。
ちなみにアイスランドで“日本式”の雑巾がけをしていると、アイスランド人は勿論どの国の人にも大抵驚かれます。
しかしいかんせん古い考えの人間なのでモップは信用できないし、そもそも力の入れ具合が難しくてやりにくいので昔ながらの方法が一番便利でやりやすく、面倒くさくない時はいちいちそう説明してさしあげます(笑)

ところでアイスランドで一人暮らしをしていた1年間ぐらいは、掃除機無しで生活しておりました。
普通サイズの箒は場所をとるし、しかも掃除機ほどとは言わないまでも微妙に値が張るので、近所のスーパーで買えるハンディサイズ箒ちりとりセットと雑巾で掃除を済ませておりました。
昭和掃除機は昭和クオリティのくせに、数万円もするのです!
勿論ピンからキリまであって、1万少しで買えるものもあるのですが、そういったものは何かしら不都合が多く、今回の引っ越しの際に見たものでは、持ち手(?)になるところが1mも伸びないので常に物凄く腰を曲げた状態で掃除機をかけなければいけない羽目になると言う、一体誰の為に作られているのか良く分からないものでした。

アイスランド人の男性の平均身長は181cmくらい、女性でも167cmもあります。私は155cmくらいしかないので、私で腰をかがめて掃除機をかけなければいけないような掃除機、アイスランド人の一体誰が欲しいって言うんでしょうか。
子供でも私より高い人いっぱい居ますよ…、電気屋さん。

とにもかくにも、掃除機は一人暮らしの人が買うには微妙すぎるお値段で、なかなか購入に踏み切れません。

アイスランドで一人暮らしが不便だなあと思うのは、
よっぽどリッチな人で無い限り毎月一人で10万kr近い家賃を払い続けなければいけないことはかなり家計を圧迫する、と言うことでしょうか。

現在私が住んでいる家は55平米くらいで、月額13万5千krの家賃です。
それとは別に電気代、水道代、インターネット接続費を払わなければいけないのですが、それが合計で1万5千krくらいするので、15万くらいは家に住んでいるだけで出て行きます。
前後はしますが平均的に給料が18万くらいしかないので、ひとりだとこんなところでは絶対に生活していけません…。
まあ一人で住むのに55平米は必要ないですが、ボロボロの小さなしょぼい共同アパートの部屋一つを郊外で借りない限り、家賃はほぼ10万krという現状です。
おそろしや…。

家賃も家賃ですが、数日間一人で過ごす時に『あっ、そうだった』と毎回思い出すのが、食材です。
アイスランドは食材は基本的に全て計り売りです。
1kgあたりいくらという表示があって、スーパーでも好きなだけとってレジに持っていくというのが普通ですが、特にスーパーマーケットの場合、いくつかのものは既にパックに詰められていて、いくつか重さや量に差はあるので自分の求めている量に近いものを探し出すという手段はありますが、そうもいかないものもたくさんあります。
例えば鶏肉。
骨付きのものは肉の量も減るので何とかならないことも無いですが、それにしても一人分にしては量が多すぎるだろう、というものがほとんどです。
胸肉は大体700grぐらいからそれ以上しかないので、一度買うと3食は何らかの方法で鶏肉を使わねばという事態に陥ります。

十分な広さの冷凍庫と電子レンジがあれば何とかなりそうなことも多いですが、物価の安くない国、家具つきの家に住まない限りそれなりの冷蔵庫と電子レンジを買うだけでもいくらかかるか…。
貧乏暇なしですが、それよりも何よりも貧乏金なしです。
困ります。

一人分のポーションなんてアイスランドではお菓子以外殆ど存在していないようなものなので、一人暮らしにはなかなか不便な国です。

ぐんさまの帰国は8月4日。
今夜は家のありもので済ませるにしても、明日は何か買いに行かないと、米と麺類、玉ねぎと冷凍の葱以外何も無いので作っても栄養バランスの悪いご飯になってしまいます。
しかし、毎日肉はきついし…足をのばして魚屋さんに行ってごくわずかな魚を購入するしか手は無いか…と色々悩んでおります。

一人暮らしは大変なれど(食事面で)、久し振りに気兼ねなく自分の時間だけで生活できるというのはいいものです。ぐんさまは一族と一緒なのでご飯その他諸々の心配がないというのも大きいです(笑)
心置きなくホームページの作成に精を出そうと思います。

しかしどうせ一人ならこの10日間、いっそのこと世間からも孤立したいと思う私は、アイスランド人のちょっとした“一人ぼっち”性質に影響されつつあるのかと思ったり思わなかったり。

掃除洗濯とHP作成ですぐに日が過ぎてしまう気がしてなりませんが、穏やかに毎日が過ぎてゆきますように!

テーマ:アイスランド
ジャンル:海外情報

   夏!あつ!…嘘です。

2015.07.09 18:50|日常生活, daily life
先日、夏休みの間のアルバイトの最終日を迎えました。
歳を重ねると覚えるのが苦手になってきます。
インターネットで情報を収集し、翻訳したり、まとめたりして情報を集約し、それを更に短くして小さな紙に書き、毎日その場を案内しているのをイメージしながら心の中で一通りガイディングをするという作業(?)を1週間以上毎日続けていたら、比較的お伝えしたいことは全て暗記できていたのでホッとしました。

心の底から夏休みです。
牛です。

でもやっぱり、もう夏が終わりに近づき、秋前のような気がしてしまいます。
怯えているのか、何なのか。(苦笑)

相変わらずのアイスランドなのでさっきの晴天はどこへやらという雲の広がった現在のお天気ですが、今日は朝から3時過ぎくらいまではとてもいいお天気だったので昼過ぎに用事を済ませて家に帰ってきてから家中の窓を開けるという暴挙に出てみました。
先月買った新しいデスクで色々と作業をしていたのですが、残念ながら私の座っている位置まで太陽の光が届かないということもあり、2時間ほどすると随分と体が冷えてきたので
「どれどれ、今は一体何度なのかね」
とインターネットでチェックしてみたら、気温は12度、体感気温は9度でした。
コンスタントに吹き込んで来る風、しかも陽が届かない陰…寒いに決まっています。
自分で『アホか。』とツッコミつつ、上着を着ました。

そんな、アイスランド周辺のグリーンランドやフェロー諸島を除く外国に比べると
『それってどんな夏?』
と言われそうなアイスランドですが、私の気分がいくら秋口のような気持ちでも、夏真っ盛りでございます。

夏になると殆ど輸入品ではありますが、夏らしい食材や果物がスーパーに並ぶのは本当に嬉しいものです。
個人的にアイスランドのスーパーで見かけると
『ああ、夏になったんだなあ。』と思うのが、とうもろこしです。
アイスランドに来た当初はとうもろこしなど缶詰以外輸入されていなかった気がするのですが2012年くらいから、突如夏から秋前にかけてとうもろこしがアメリカから輸入されるようになりました。
もう、しっっなしなのふっっにゃふにゃだったり、物凄い勢いで虫に食われているものもありますが早い時期にいいものに出会えると、予想以上に美味しいとうもろこしにありつけたりします。

一緒になるまで、あまり食に興味がなかったと豪語するぐんさまですが、どうやら彼はそれまで生から茹でたとうもろこしというのを食べたことがなかったらしく、初めて皮を剥いてひげを取って茹でたとうもろこしを齧った時には
『なんて甘さだ!もう冷凍では満足できない!』といたく感動しておられました。
他にも生のアスパラガスを食べたことがなかった、カニを食べたことがないなど衝撃の告白をいくつか聞きましたが、アイスランド、結構そんなもんです。
野菜にしろ果物にしろ、生でそこそこの鮮度のものが輸入されるようになったのなんて本当にここ数年の話で、そもそも輸入自体もされず、あったとしても食に興味のない人であれば絶対に買わないであろう高級なお値段だったので、聞いたことはありませんが、ぐんさまが私にあれこれと食べ物のことを言われるようになってから日本のスーパーに行って、彼はどんな印象を持っているのだろう?と思います。

お酒がコンビニやスーパーで24時間いつでも何でも買えるということに感激したという話は聞きましたが
お魚、野菜、果物の種類の多さにも驚いて欲しいと密かに思っています。(笑)

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ちなみにアイスランドでは、地産のブルーベリーは秋に収穫されるのでいちごとは少し時期がずれてしまいますが、夏になると輸入のブルーベリーとアイスランド産のいちごを洗っただけ、もしくはちょっと切っただけものがお家でデザートとして出てきたりします。

アイスランド人はコンデンスミルクを使う(食べる)習慣がないようで、そのまま…かと思いきや生クリームの好きなアイスランド人のことなので、
生クリーム(液状)をかけ、その上から砂糖をかけるというワイルドな食べ方をします。

砂糖がジャリジャリ言うのに良いの!?
と聞いたらぐんさま曰く
『まあコンデンスミルクと同じようなものじゃないか』
と言うのですが、うーん…カロリーが例え同じようなものであっても、食感は一緒ではないから、違うと思うんです…私。
だってジャリジャリ言いませんもの(笑)

アイスランド産いちごは200gで700krという超高級果物ですが、まあ、輸入品よりは確実に鮮度がいいし、甘みも強いような気がします。
夏にビタミンを大量摂取しようと必死の牛でございます。

もう一つアイスランドの夏の食材と言えば。
これは輸入ではないのですが、Rabbabari (ラッバッバリ)と言うものがあります。英語だとルバーブと呼ばれているようなのですが、これもアイスランドでは夏の食べ物です。
年中ジャムとして食べられているのですが、この時期だけは生のものが店頭に並びます。
食べ物の少ない貧しいアイスランド人たちは、これでビタミン補給をし、健康を保ったのだと言う話を聞きました。
そんなギリギリの切ない話を思い出させるRabbabbariですが、独特の酸味があって個人的には時々無性に生でむしゃむしゃやりたくなります。
何年か前にお母さんのお手伝いをしたことがあるのですが、今回初めて自分でジャムを作ってみました。
rabbabari1 rabbabari2 rabbabari3 rabbabari4

砂糖が少なすぎる!とアイスランド人には指摘を受けそうな気がしますが、個人的には優しい味で初めての割にはちょうどいい甘さ加減に作れたように思います。

完全に夏休みになったので、今月中はアイスランドの情報をまとめたホームページの作成でもやってみようかと思います。
8月からは大学の仕事に取り掛からなければとんでもないことになるので、それまではちょっと趣味の時間を…!


ちなみに全くどうでもいい事で一昨日急に決まったのですが、今日から10日間、ぐんさまのお父さんのお家にいるわんこを預かることになりました。
全力のわがままし放題で育てられたお犬様なので坊ちゃんもいいところですが、10日間は私ルールで少しは言うことを聞くわんこにしてやろうと思っております(笑)

いつか私自身、わんこを家族として迎えたいのですが、年に一度日本に帰ったり旅行をしたいと考えると置いていくのが可哀想なので、なかなか実現は難しそうです。
でも、家の無いわんこ、一匹でも家のあるわんこにしてあげたいのですよねえ…。
アイスランドに野良犬はいませんが(寒くて、ご飯が無くて、死んじゃうと思います。)犬の飼い方には少々物申したいことがあります。が、最近面倒な話題の連続になってしまっているので、まあそれはまた、いずれ。
でも、譲受とブリーダーからの直接購入以外犬猫の“入手”方法が無いのは、本当にいいことだと思います。
わんこもにゃんこも、家族です。家族ですよ、アイスランド人さん!

テーマ:アイスランド
ジャンル:海外情報

   考え方の違い

2015.07.05 02:43|日記, diary
早いもので一年も半年が過ぎ、既に7月になってしまいましたが気分的にはもう9月くらいの勢いです。
日本に帰っていないからか、それともこの涼しい気候のせいか(笑)

お久し振りです、牛です。

今日は少々センシティブな話題になります。そのような話がお好きでない方は、今回のエントリーは読み飛ばしていただけると幸いです。

あまり議論を巻き起こすようなことは書かないように、と言ってきましたが、アイスランドで生活をしていると日本にいるときに比べて、日本で『タブー』とされるような色々なトピックが伴侶や友達の間で話題に上るようになり、自分の意見を述べて、議論をする機会が増えたように思います。
政治、宗教、性、お金。
アイスランドでも勿論越えてはいけない線、言及すべきでない部分はありますが、基本的に日本で敬遠されがちな4つの話題も、よくよく考えれば人が人として生活していく上で欠かせない、そしてその人との関係性が深くなるほど重要になってくるポイントであるような気がします。

私自身は日本で生まれ育ち、両親もそのまた両親も日本人として生まれ育ってきた家庭なので、ある意味では純・日本人と言えるかもしれません。
ある意味では、と私が言う理由は、何をもってしてその人が『自分は〇〇人だ、あの人は〇〇人だ』というのかは人それぞれなのだということを、日本にいるときから、そしてこちらに住むようになってからはもっと、
「自分が『〇〇人』と言うのには、自分の価値観しか反映されていない」と思うようになったからです。

自分の価値観では 『両親が日本人として生まれ育った人から生まれた子供』 が日本人だと思っています。
それ以外は、時と場合によりますが、基本的に日本人とはあまり考えないような気がします。
例えば私がもし現在の伴侶ぐんさまとの間に子供を持った場合、私自身は自分の子供のことを『半分日本人、半分アイスランド人』だと考えます。
生まれる場所、育つ場所は私にとって『〇〇人』と認識する材料にはあまりなりません。
しかし、国籍というのが自分の認識に影響していることも事実です。
例えば日本で複数の国籍所持は一部の未成年を除いて基本的に認められていないと認識していますが、アイスランドにいる、アイスランドの国籍と別の国籍を持っている人たちは、ナニジンなのだろう?と考えることがあります。
元難民で帰化した人たち、その子供、孫などはナニジンと呼べばいいのだろうか、そもそも本人たちはどう考えているのだろうか、と考えます。
実は外国人に日本語を教える時
『私は〇〇人です。』
というフレーズが導入されることがあります。
『どこから来ましたか。 - 〇〇から来ました。』 は、その人が住んでいた国を言えばいいので、そんなに難しくはない気がしますが、
『お国はどこですか。』との質問に国の名前や、〇〇人です、と答える場合、彼らはどう考えるのかな、と思うことが多くあります。
授業に政治的な話題を入れると話が大変ややこしくなるので実際には絶対にそんなことは口にも出さないし、教師としても、オフモードの自分としても
『本人が言うことを尊重すれば良い』
と思っているので授業中には学生たちが答える〇〇人は、全てその通りにし、そのように認識します。
ただアイスランドで、一目見ただけではその人がアイスランドの国籍だけを持っているのかそうでないのかということは分かりませんので、例えばルーツが中国にある人を見れば、『あの人は中国人かな?』と思うし、タイにある人を見れば『タイ人かな?』と思うし、やはり感覚なんて人それぞれだし、どれが合っていてどれが間違っているかなんてことも、それこそその人の価値観で認識したものでしかないじゃないか、と思います。

ということで世の中に、絶対的に『正解』である事なんて言うのはほんの一握りなのだと、実感することが多くあります。

なのでこれから下につらつら書いていくことも、何が正解、間違いということではなくて、それは私の認識や意見であって、誰かを否定したいという気持ちは全くありません。そして、ここで議論する気も一切ありません。
一人のニホンジンである私がアイスランドで生活しているうちにそういう事象に出会って、こういう風に考えたのだ、という本当に自分の日記的な、“報告”であり“記録”であると、ご理解、ご了承戴けると幸いです。

さて、世の中には本当にいろんな考え方の人がいるのだなあ、と思ったことの一つにようやく話を進めたいと思います。
少し前になりますが先日からアイスランドでは『女性の権利』や『立場』について声を上げる人や機会が増えてきています。
いわゆるフェミニズムというものなのだと思います。
例えば『男性は良いのに、どうして女性は乳首を見せるべきでない、乳首を見せると性的だと言われるのか。女性だって性的にいやらしいと感じられずに乳首を出せるようになるべきじゃないのか。』という意見の元、“乳首の自由”が叫ばれています。
この活動の一環で学校や職場にブラジャーを着けずに行く、や、女性が上半身裸で街中でデモ行進する、というアクションが取られるようになりました。
その後すぐ、アイスランド人の大好きなFacebook上で、
sexual_violence-fb_icon.jpg
のどちらか、もしくは半々の二色のアイコンをプロフィール写真に使う、という現象が流行しました。
これは、レイプや何らかの性的な嫌がらせの行為を受けたことがある、もしくはそうなった人が身近にいる、ということを周知させるための行動でした。 (ちゃんと覚えていませんが、黄色が実際に受けた人、オレンジが身近にそういう人がいる人だったと思います。)
個人的には『これをアイコンにして、他人に自分や他の人の被害を知らしめることで何の意味があるんだろう、別に犯人が捕まるわけでもないし責められるわけでも無いし、自分の心の傷が癒えるわけでも無いだろうに。』と思いましたが、アイスランド人、特に女性においてはそうではなかったようで、数日間ではありましたが大いに流行した行為でした。
それに端を発してなのか、その後、私が最も理解不能だった出来事が起こります。

私がそれを目にしたのは、アイスランド人の知り合いが『良くやったと思う。』といった旨のコメントを一言つけて、ある男性のポストをシェアしていたからでした。
ん?と思い元のポストを見て、更に疑問は深まりました。
ちなみにその男性のことは全く知らないし、共通の友人もいなさそうです。

あるアイスランド人の男性(少なくとも名前はアイスランド人の名前で、書いている言語もアイスランド語でした。プロフィールの写真もそれが本人であればアイスランド人らしい感じだったので、アイスランド人だと思います。)が、

『僕は性犯罪の加害者だ。でも、捕まらなかったし、罪を償ったわけでもない。
自分が18歳の時、ある友人のパーティに行った。酔っ払って疲れたので他の友人たちとベッドで寝転がっていた時、隣に寝ていた見知らぬ女の子に急に欲情してしまって、周りに友達もいたけれど、彼女も起きていたのに逃げなかったからいいやと思って同意を得ないまま犯してしまった。
犯した後は興味がなくなって、そのまま寝た。女の子は酷く怯えていた。
もう今は名前も分からないし謝罪もできないけど、今ここで謝りたいと思う。
ずっと悪いことをしたと思っていたのに謝れなかった。ごめんなさい。』

という内容の文章を自分のFacebookのページにポストしていました。

まず私がそれを見て思ったのは
本当に謝る気があるなら、こんなfacebookの呟きを書くようなところで謝罪している場合じゃないだろう。探し出して目の前でちゃんと謝れ。
というのと、
なぜここで急にこんなことを書かなければいけなかったのか?
ということでした。

しかし、その『懺悔ポスト』につく1000以上の "like (いいね)"と、 『あなたのことは知らないけれど…』などと始まりつつも、基本的にシンプルな
『良くやった!』、『素晴らしい!』、『男らしい!』、『勇敢だ!』といった50を超える賞賛のコメントでした。

良くやった、勇敢だ、などの褒め言葉が、彼の懺悔に対するものなのだろう、という想像はつきます。
しかし、それを明記している人は殆どいませんでした。
所詮SNSの呟きなので、わざわざ文章を気にして書く人のほうが少ないのだろうと思いますが、それなのにと言うかだからと言うか、Facebookなんてところで謝罪になると思っているこの男の人に対して私は、いい気持ちがしませんでした。
しかも、この狭いアイスランドという国。男性のポストを被害者の女性が目にする機会は十分にありうると思います。
それを見て彼女がどう思うか、この男性は考えたのか?と思いました。

彼女はこれで謝罪されたと思うだろうか?彼女はこの出来事を忘れたいと思っていたんじゃないだろうか?それともまだ心に傷を抱えているんじゃないんだろうか?それなのに、この男性の告白につく“賞賛”に、彼女はどんな思いをするだろうか?この男性は本当に自分の罪を悪いと思っているんだろうか?謝罪したいのならば、どうしてこんなところで誰もが見られるインターネットで突然告白したりしたんだろうか?犯したいから犯した、謝りたいから謝った、彼が今何歳かは知らないが、自分がやりたいからやりたいと思ったときに行動に移すなんて、しかも(載せてもいいなんて)同意も得ないで突然一方的に書くなんて、彼が意味したいのであろう“若いときの愚かな過ち”をやった時と、今の彼の考え方に成長なんて何も見えないじゃないか。
と思いました。

写真を見る限りでは、彼には今子供が二人いるようでした。奥さんか、彼女かは分かりませんが、パートナーも居そうです。それならば、パートナーや子供のことも考えたのか、とも思いました。
反応していたのはアイスランド人だけではありませんでしたが、ポストをしていた言語がアイスランド語であったので、外国人でもアイスランドに住んでいるか、少なくともアイスランド語が理解できる外国人がコメントをしていました。50全てのコメントを読んだわけではありませんが、目を通した30ほどもしくはそれ以上のコメントは全てポジティブだったので、パートナーと子供が白い目で見られるという心配もなさそうです。むしろ、勇敢なお父さんね、勇敢なパートナーね、と友人たちからは称えられるかもしれません。

しかし、です。
私はそもそも、彼の“過去の愚かな過ちに対するFacebook上での(私にとってはそうにしか見えない)自己中心的な謝罪”が、そんなに賞賛される素晴らしい行為なのか?という疑問しか持てないのです。
罪を犯したことは変えられないし、それを悪いと認めて謝罪するのはいいと思います。
でも、そんなところで謝ったところで罪は償えないし、そもそも償うつもりなんてないんじゃないのか、だからこそ、facebookでしか謝らないんじゃないのか、と思えてしまったのです。
被害を受けた女性の気持ちなんて、彼が彼女を犯したときも、彼がfacebookで謝罪した時も、気にしているようなフリをして、結局気にしていないのだと感じられてしまうのです。

懺悔、後悔=素晴らしい事

言葉の足りない賞賛の声にも、被害者の気持ちを考えていない謝罪にも、私は好感は持てませんでした。
ただ、
『ああ、アイスランドでこういう行為は勇気ある、褒め称えられる価値のある行動なんだな。どうやらアイスランド人と私は考え方が違うのだな。』
と驚きました。
納得はできないですが、そういう考え方なのだと、理解はできました。
アイスランド人が全員そういう考え方ではないと思います。でも、そういう傾向が強そうだ、と発見できたのは、大きなことでした。

この件で友人たちと話した時、
「『罪を憎んで人を憎まず』という考え方なんじゃないだろうか」と教えてもらいました。
この言葉を聞いて、強く納得したことがもう一つあります。
これはどうやらアイスランドだけではないようなのですが、とにかくアイスランドでは、刑務所がとても『恵まれて』います。
牢獄というには程遠い、清潔で快適な個室が多く、テレビ、ベッド、ソファ、パソコンなど、日本の刑務所のイメージとはかけ離れた“素晴らしい環境”なのです。

私は罪も憎むし、その罪を犯した人も憎むので、『何故罪を犯して償う立場に居る人がこんな恵まれた環境で生活できるのだ?』と強く疑問に感じました。
しかし、友人のその一言によって
『ああ、この人たちは人を罰するのではなくて、罪を罰するから、犯罪者の生活環境が良くても、それが普通なんだ。』と彼らの受ける待遇の良さに納得がいきました。

ですから、『後悔をし、懺悔をし、許しを乞えば、それで彼の犯した罪は容赦され、告白した行為が勇敢だと称えられるのだな』という、“賞賛の理由”も、腑に落ちました。
私とは考え方が全然違うけれど、そういう考えをする人が多い国で私は生活をしているのだ、と知ることができたのは、私にとって大きな意味のあることでした。

もう一つ、これは特に重い話題ではないのですが、『そういう考え方もあるのだな』と思ったことの一つです。
ジャイアンが言ったらしい『俺のものは俺のもの、お前のものも俺のもの。』は、実はとってもいい話なのだということを聞きましたが、アイスランド人は
『俺のものは俺のもの、でも俺のものは皆のもの』
という考え方をする人が居るようです。
主に身近なところで言えば伴侶様家族なのですが
例えばある人が所有しているものがあって、今は要らないからと倉庫に保管してあるものを、家族のうちの誰かが使いたいと言い出した場合、何らかの理由があって貸したくないと言うと、貸して欲しいといった本人やその周りから所有者が文句を言われる
という現象が起きます。

ちなみに私は収集癖のようなものがあり、かつうるさいほどの“綺麗好き”で、自分で何かを損傷しようものなら本気で落ち込み、誰かに破損されると怒らないまでもいい気はしない、猫の額よりも心の狭い人間なので、過去に何度か友人に物を貸したものの酷い扱いを受けて返ってきて随分と嫌な思いをしてから、自分の心の平穏を守る為に基本的に人に物は貸さないようになりました。(伴侶様は除きます。彼は私に色々と貸してくれるし、同じ考え方の人間なので、お互いにお互いのものは自分のものと同じに考え扱うので、傷つけられて返ってくることがないのを経験上知っているから、というのもあります。)

自分の器が驚くほど小さいのは自分でもいかがなものかと思いますが、そうそう簡単に変えられるものではないし、自分が貸さない代わりに自分も人から物を借りることはしないので、最低限のルールは守っていると思い、そのようなスタンスを取って早10年以上になります。

私は基本的に
目には目を、歯には歯を
give and take
因果応報
だと考えているので、誰かにいい事をしたい、誰かにいい事をしてもらったら自分もそれに報いなければいけない、とは思っていますが
思っていてもできる場合とできない場合はあります。

私は基本的に所持品が少ない人間なので人に貸してと言われるほども物がないのですが (この新しい家に引っ越してきてから、随分とたくさんの家具を所持するようにはなりましたが、自分の机と椅子と一つの敷物以外は全て伴侶様と折半して購入しているので、所持できているものはそのものの半分しかありません。万一別れる時が来たら、大変そうです。苦笑)、伴侶様は所持品が多く、主に彼の兄弟姉妹から所持品を貸してくれ、と言われていることが多くあります。
上にも述べたように彼は自分の所持品に関して私と殆ど同じような考え方なので、あまり人に貸したくないようです。 (過去に何度か貸して可哀想な状態で返却されたり、ひどい時には紛失や故障した状態で返却されているのを見ているので、尚のこと貸したくないという気持ちは分かります。)
ただ、彼も少し違うのは、殆ど同じような考え方でも、それでも
『まあ、文句を言われても理解はできる』と言えることです。

私だったら、たとえ貸さないにしても『何で所有者の私が借りたいと言うあんたに文句を言われなきゃならんのだ』と思いそうです。と言うか思います。
自慢じゃないですが私はアイスランドではかなり最低限に近い額のお給料しかもらえていないし、彼彼女たちが私より裕福なのを知っているので、
無ければ借りると言う考え方をそもそもしない私からすれば欲しいなら買えよ、と思うし、例え借りるにしても貸してくれないからといって文句を言うのはおかしいだろう、と思うのですが、そうではない人も、少なくは無いのだな、と感じたのでした。
ただこれに関しては一つ面白いことが分かっていて、ある友人に教えてもらったのですが、彼女が数年滞在していた小さい島国でも、『家族誰か一人の持ち物は、その家族全員の持ち物』かのような考え方があるのだそうです。
小さい島国ということは、家族やそれに近い近しい関係の人間で構成された社会と言うことになります。
その国では、貸してと言われて貸さないということは殆どないそうです。
ここからは想像でしかありませんが、貸さない、もしくは貸せないときもあるかと思います。でもきっとそういう時はこのアイスランドの家族間のように『貸してもらえなかった人が文句を言うのでは』と言うのは、想像に難くない気がします。

何度も言いますが、自分の心の狭さは本当に酷いものだと自負はしております。
しかしアイスランドの人々はこんなにも寛容なのか、と驚くことが身近で連続して起きて
なんだかとても不思議な気持ちになりました。

納得はできない、自分はそれに賛同はできない、もしくは自分も同じような行動や考え方ができなくても、
この人は、この人たちは、こういう考え方なんだ
と知ったり、理解したりすることは外国で生きていく上で結構重要なことであるような気がします。
違うと認識すること、違うことを受け入れることは、外国人がその国で生活させてもらうのに、最低限必要なことだと私は思うのです。
ちなみに受け入れるので、無論違うからと言って怒ることもできません。してはいけない、とは言いませんが、するべきではないだろうな、とも考えています。

ところ変われば常識も変わる。
人が変われば考え方も変わる。

アイスランド人だから、日本人だから、と言うものでも無いように思います。
本当に十人十色で、人それぞれ、いくら似ていても全てに全く同じ考え方をする人間などいるはずがありません。
ただ、その違いを知っていたり、受け入れられたりすると、人と人との関係はもっと上手くいくのじゃないのかな、と思うことが多々あります。

理解するのが難しいことも、不快感を示さずに受け入れるのが難しいことも勿論たくさんありますが。
少しずつでも、色々な人やことや考え方をに本当に受け入れられるような人間になりたいな、と思う牛でした。

今度は楽しい記事を書きます。
失礼致しました。

では、おやすみなさい!

テーマ:アイスランド
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