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kyrmami

Author:kyrmami
kyrmamiこと、ながいまみです。
2009年念願のアイスランド生活をスタート!
国立大学でのアイスランド語学習3年経て、遂に就職。
ようやく永住権取得で、これからもアイスランドに貢献できるよう、日々精進してまいります。

直接のご連絡は上の"切手"からメールでお願いします。

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   アイスランドの『名誉回復権』と選挙

2017.10.06 15:55|日常生活, daily life
牛と何とかは、忘れたころにやってくる。


大変ご無沙汰しております。
こんにちは、牛です。

あっという間に日本旅行が終わり、アワアワしている間に夏休みが終わり、バタバタしている間に2017年が終わりそうです。
大丈夫か、時間。急ぎ過ぎているんじゃないか。

夏ごろからいろいろ書きたいことがあったはずなのですが、何も書かない間にもう何ヶ月経ってしまったのか…
分かりません。
すみません。

もう過去書きたかったことを思い出し始めても書けないと思うのでそれらは一切無視して、何ヶ月ぶりかの自由気ままなエントリー、まいります。

わたくし個人といたしましては、今年度、仕事の量が増えました。
それに伴い、今月はお給料も増えました。
来月からは37%の税金をまるまるごっそり引かれるはずなので、また額面と手取りの差にショックを受けることにはなりそうですが、それでもお給料が払われるだけましです…本当に…。
(聞いた話では、この国では調理師さんのお給料の支払い状況が、とんでもなく悪いそうなのです…)

さて、関係のない話ばかりしているとまた無駄なエントリーを書くだけ書いて、何ヶ月も更新しないということになりそうなので、本題に入ります。

日本でももうすぐ衆院選挙がありますが、アイスランドでも同じような時期に国会議員の選挙が予定されています。
私自身は、政治のことは全く分からないのですが自分が自分らしく生きていけるための権利は守りたい人間なので、成人して選挙権を得てからやむを得ず行けなかった時以外、毎回自分に投票権がある選挙には行っています。
政治のことが分からなくても、何かあって文句が言いたいときに選挙に行っていなければ不平不満を垂れる権利はない、と思っているのが自分の考え方です。

ちなみに私は、アイスランドで永住権を持っている、日本国籍保持者です。
そんな私は、日本の国政選挙に投票できる権利がまだあります。
地方選挙も、投票権があるはずです。
被選挙権(立候補する)権利がまだ私に残っているのかどうかはいまいちよく分かりませんが、投票する以外の選挙権を自分が行使する機会が訪れるとは全く思えないのであまり考えていません。

ちなみにわたくしは、アイスランドでも限られた選挙権があります。
アイスランドに5年以上住んでいる(継続して住んでいるかどうかに焦点が当たるかどうかはわかりません)ので、地方選挙がある場合は、これから投票に行くことができます。
住んでいるだけでいいのか、税金を納めているかどうかも加味されるのかもいまいちまだよく分かっていませんが、5年は十分に税金を納めて、すでにここに住んでから8年も経っているので(光陰矢の如し!)、ぜひ今後地方選があった際には是非とも投票に行かせてもらおうと思っております。ちなみにわたくし、地方選なら被選挙権もあるようです。まあ、立候補する予定なんて一切ないですが、お給料のことを考えるとやらせてもらえるならやってみたいという気はしなくもありません。・・・嘘です。大嘘です。面白くもない冗談を言ってすみません。

とにもかくにも、アイスランドで日本人を貫いている私にも、この国で、地方選挙への参加を認めてもらえています。
これは、ヨーロッパでは珍しいことではありません。
陸続き、国家間の移動が今も昔も多かったことが影響しているのかもしれませんが、欧州、更に世界全体に目を向けてみても、
『それが過半数』
とまでは言えずとも、いわゆる“先進国”で、外国籍の人間に一定の選挙権を認めている国というのは意外とあるものです。

それに対し日本は、基本的に外国籍の人にはいかなる選挙権もなかったように記憶しています。
それが良いか悪いか、どうしたほうがいいと思っているか、という話をここでするつもりは全くないのですが、Twitterで、日本語で選挙に関する意見などを読んでいると、外国人参政権に対してのコメントは割と目に入ってきます。

私は職業柄、日本に関係のある外国人の人たちと接する機会が多くあります。
日本に住んでいる人、日本に興味がある人、日本に旅行に行ったことがある人、日本に住みたいと思っている人、
自分の意志で日本に住むと選択した人だけでなく親や家族の関係で日本に住んでいる、住んでいた外国籍の人もいます。
国籍、状況は本当に文字通り十人十色です。

日本国籍を持っている人たちが、日本で参政権を持っている人たちが、日本に住む(住んでいる)外国の人たちにどういう印象を持っているのか、私でははかり知ることはできません。
それこそ十人十色でしょう。
私自身の経験でも、外国の人から聞いた話でも、十人十色だということを感じます。
それは様々な面で私の手に負える範囲ではないと思っていますが
自分の仕事に関係する面でも一つ確かなのは
日本には必ず、『日本の経済』に影響を及ぼしている、一時的及び長期の外国国籍を持つ定住者が少なからずいます。
旅行に来て消費をする外国人も多いですが、今話題にしているのは、日本に一時的にであれ長期的にであれ居を構え、日々の生活を営み、労働をしている外国人のことです。
彼らは消費をし、また、労働などをして社会に影響を与えています。自分のお金を使い住居を借りたり、食べ物や服を買ったりしています。そして、労働をして、給料を得、様々な税金などを納め、広い意味での社会活動に参加しています。

こんなことは天と地がひっくり返っても無理でしょうが、もし今後外国に少しでも関係のある人や企業などを全て取り除いて、日本国籍保持者のみ、純然たる日本のみの資本で経営されている会社だけで日本の経済が回っていくのかと考えれば
それは不可能でしょう。(そうする必要も一切ないと私は思っていますが。)

たとえば大昔、日本が鎖国しているときでさえ、外国と一切の関係を持たないことは不可能だったのです。(何度も言いますが、私自身は持たないようにする必要なんてないと思います。)

今後日本は、高齢化社会に拍車をかけ、特に介護医療などの面において、日本人のみで国民をケアしていくことは不可能だと考えられていると聞いています。
そして、特にその介護医療現場での人手不足を賄うために外国人の労働者を“あて”にしているそうです。
そうなれば今後さらに、日本が『国』としてやっていける状況を守るために外国国籍保持者の人たちの存在が欠かせなくなってくるわけです。

私は自分の存在がたいそうなものだとは思っていませんが、それでも、自分自身が自分の職場で『自分のセクションの業務が滞りなく遂行できるようにする』ための役目は果たしていると思います。
そのために労働をし、賃金を得、必要な税金を支払い、経済活動の一端を担っています。

日本人であることを捨てられないので、国政に参加できないのは仕方ないと思っています。それは自分が選んでいる『リスク』です。
しかしもし、私が今のように5年以上勤務をし、生産をし、消費をし、社会が成立・維持されるために必要な行為を全て行っているのに、自分の住んでいる環境に一切口出しができない(地方選挙への参政権がない)とすると…不満は生まれるように思います。

嫌なら出ていけ、と言う人もいるでしょう。そう言われて嬉しくはないですが、気持ちはわかります。
それなら日本人をやめろ(国籍をアイスランドに替えろ)、と言われるかもしれません。それも考えます。

ただ、私が言いたいのは、
私は、この国で労働を伴って5年間経済活動に参加してきた見返りとして、地方参政権が与えられることに、とても感謝しています。
実際に反映されるかどうかは別として、自分の意見を述べる機会を与えてもらえる、ということに感謝します。

前述のように、実際アイスランドで外国人が地方参政権を得るために、税金を納めることが必要なのかどうなのかというのは詳しく調べていないので分かりませんし、5年というのが短いのか長いのか、自分には分かりません。
ただ、私はこれからもここで労働をし、生活をしていくつもりです。経済活動に参加し、少なくとも私の職場がまともに機能するために精いっぱい努力をするつもりです。
その『ご褒美』が地方参政権であることは、私にとっては嬉しいことです。

外国国籍の移住者にどんな選挙権をどんな形で与えるのか与えないのか
(国政・地方、どれくらい住んでいるのか、労働はしているのか、税金は納めているのか、などなど)
それは人それぞれの考えだと思いますが、この『世界中で多くの人々の行き来がある世の中』で、外国籍の人の選挙権について考えることは、どの国においてもとても大切なのではないかと思います。
人間の権利として、選挙権って、とても大切なことだと思うのです。


選挙権の話がものすごく長くなってしまいましたが、今回のエントリーではもう一つ話したいことがあります。
これも、人間の権利についての大切な話です。

久々のエントリーがこんなに政治色の強い及び重苦しい話になるのは残念な限りですが、アイスランドに住んでいるしがない人間でもこれくらい意見したくなってしまうような状況が、今なのです。


アイスランドのことが外国で報道されるときというのは大概、不名誉な話題ばかりな気がします。
国家規模の経済危機、パナマ文書ときて、今度は『名誉権回復』問題に伴う政権崩壊です。

パナマ文書を発端に政治家に不信感が募り、国会議員選挙が行われたのは記憶に新しいですが、今度は『名誉権回復』制度が発端となり、またアルシンギの選挙が行われようとしています。

まず、『名誉権回復』とは何ぞや?という話から始めます。
『名誉権回復』は乱暴に言うと『犯罪者が自分の犯した罪によって失った権利を取り戻してあげようぜ!』という制度です。

わたくし実は、犯罪と刑罰に関してもかなり意見がありまして…ただ、このブログでそういうことは話さないでおこうと決めているので何とか踏みとどまりたいと思いますが…ううう、難しい。難しいけど、しません。こらえます。

とにかく『名誉権回復』というのは、
犯罪を犯した人が、その犯罪をまあまあなかったことのような扱いにして様々な権利を取り戻し、やり直せるチャンスを与えよう
という仕組みのことです。
そしてこの『名誉権回復』はなんと、殺人や強姦などの犯罪者にも適用されます。

すみません、やっぱり我慢できないのでこの一言だけは言わせてください。


命を奪われた、体も心も傷つけられた被害者がいるのに、殺人や強姦の犯罪を犯した犯罪者の権利を守る必要がどこにあるって言うんですか!!!!!何のための制度なんですか!

すみません、取り乱しました。


とにもかくにも、アイスランドにはこういう制度があります。
そして私自身、この制度の存在は、残念ながらここに移住して数年後、ある事件をきっかけに知ることになりました。
その時から、私の意見は変わりません。
ただ、このことに触れると、いつも冷静ではいられなくなるのでブログには書けずにいました。でもこの名誉回復権については、自分が『アイスランドは夢の国なんかでは決してない』ということを発信したいと思う理由の一つではあります。
とにもかくにも、この『名誉権回復』のことを話し始めると、私は本気で激昂してしまいます。今この文章を書いている最中も、頭に血が上っています。
しかし今回は、この制度について見直される気配があるので、この選挙に関しても良い機会かと思って書くことにしました。


今回の総選挙の発端になった『名誉回復権』事件に関する犯罪は、小児強姦罪です。
怒りが抑えられなくなるので詳細は書きませんが、小児強姦の犯罪者、有罪が決定して、服役した経緯があり、それにもかかわらず自分の罪に反省のない人間(少なくとも私にはそう見える)に関してまで、『名誉権回復』が行われる、認められるのです。

これは今回たまたまアイスランドであった件で、このような『名誉回復権』がアイスランド以外に存在しているのかどうか私には全く分からないのですが、もしもあるのであれば、私はろくでもないと思っています。

今回の小児強姦は確実にその犯罪者の自己満足と身勝手さによるものだと私は思いますが(たとえ精神的に病を患っているのだとしても、だからと言って許されるものではないと思います。)、世の中の人々が罪を犯すに至った経緯はいろいろあると思います。
たとえばそれこそ、強姦の被害を受けている人が抵抗して及び逆上して加害者を殺すようなこともあるでしょう。その時に、殺人を犯すに至った強姦の被害者をただ殺人だけに焦点を当てて罪を問うのは、私は納得がいきません。殺人という罪を犯したことを責められない、無かったことにすることはできないけれど、ただそれに至る過程は必ず考慮されるべきであり、その罪は、たとえば大した理由もなく『殺したかった』という理由の殺人の罪と同じだとは思えません。

私の考えは、罪であるにせよ何にせよ、故意であれ不注意であれ、自分が行なったことに関しての責任は自分で取らなければいけないもので、
それが犯罪であるならば、その軽微にかかわらず『なかったこと』にするのは自分の意識下でも社会の書類上であるにしても有り得ない、というものです。

その自分の考えと、真っ向反対にあるのがアイスランドの『名誉回復権』です。
法律家ではないので詳しくは分かりませんが、正確には『全くなかったこと』に出来るわけではないようです。

話は変わりますが、私が『事件』として耳にした『名誉回復権』利用者には、法律家が少なからずいます。主にその法律家とは、弁護士です。
弁護士ですよ、弁護士。本当に罪を犯したことを反省しているのであれば、その罪を背負って社会に貢献するのが筋ってものではないんでしょうか。
自分の罪を『ナシ』にした弁護士が、『弁護士』として社会に貢献できるとは、私には思えません…。

実際はその罪のために無理なんだとは思いますが、たとえば服役を終えて、もう一度一から勉強し直して弁護士資格を取り直し、弁護士として『社会貢献をする』のなら分かります。応援さえするかもしれません。

でも、『罪をナシ』にして過去の自分のステータスを取り戻すことができる『名誉回復権』です。
何度も言いますが、本当にこれ、何なんでしょうか。

私が自分で調べた限りでは、この『名誉権回復』に関する法律は、どうやら1944年にはすでに明記されているようです。

この名誉権回復にどれくらいの歴史があるのか、自分が調べた限りでは分かりませんでした。
最初はヴァイキングの時代などに、それこそ殺人や復讐などが普通だった時代、『名誉』の回復はとても大切なものであったと思うので、それを発端にしているのかとも思いましたが、そういった文献や言述はどこにも認められないので、自分の想像の域を出ません。

ただ、もし私の推測のようなものが元になっているだとすれば、現代の社会で認められる『名誉の回復』と、ヴァイキングの時代の『それ』とは、大きく異なるものであるだろう?と言いたいですし、
自分が数年前にこの制度を知った時からこの話題になるたびにアイスランド人に(それは主にぐんさまですが)問い続けているのですが
何のためにこの制度があるのか、どうしてこの制度を保持する必要があるのか
という疑問には、いまだに答えがもらえていません。

しかし、幸か不幸か今回の事件を発端に、アイスランド国内でもようやく、本気でこの制度の見直しに重い腰を上げたようなので
今後の動向を見守りたいと思っています。

今回の国会議員選挙では、これに関する意見も投票者にとっては重要になってくるだろうと思います。(というか、なって欲しいと思っています。)
先に述べたように、私にアイスランドの国政選挙の参政権はないので、今回も本当にただ見ていることしかできませんが
私がこの国で生活を営んでいく限りは、何事もなく平穏に一生を終えられれば関係なくいられるのでしょうが、それでもこの制度も私の生活に関係があるのです。
万一私の大切な人が殺されたり強姦されて、でも名誉権回復がその時にも存在して、その加害者が名誉権を回復して再び社会で生活していけるのだとしたら。
私はその時に冷静でいられる自信はありません。

生きていく上での人間の権利。
毎日の仕事に忙殺されて日々を生きていくのが精いっぱいでも、自分の意見を述べるのは、とても大切だと思います。


そして私は今このアイスランドという外国に自分の腰を落ち着けてはいますが、
自分が『日本人で居たい』と思えるような国で居て欲しいので、選挙に行こうと思います。


選挙権にせよ、犯罪者に関する権利にせよ、色々な意見があると思います。
自分と違う意見に出合うと、動揺したり驚いたり感心したりすることも多いです。
それでも、全員がいろいろなことをしっかり考えて、自分の周りだけでなく世界中の広い範囲に目を向けて様々に考えることに、重要な意味があるのではないかなと思う、2017年の冬の始まりでした。


今度はこんなに日が開かないうちに、いつもの自分のような気楽な話題を書きたいものです。


どうか皆様、良い週末をお過ごしくださいませ。



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テーマ:アイスランド
ジャンル:海外情報